地形•街•歴史•三角点の時空探索

台地、川、暗渠、鉄道などの街、歴史、地形を感じながら

富岡八幡宮境内、伊能忠敬と一緒に三角点「富岡八幡宮」

  

地図と言えば、伊能忠敬

 

伊能忠敬と言えば、世界の地図の歴史に金字塔を打ち立てた。

富岡八幡宮の鳥居を抜けた直ぐ左手に、伊能忠敬像がある。

 


f:id:BullBull-Musao:20190602223513j:image

f:id:BullBull-Musao:20190602223609j:image

 


f:id:BullBull-Musao:20190602223505j:image

f:id:BullBull-Musao:20190602223540j:image


伊能忠敬については皆、周知の通り。

f:id:BullBull-Musao:20190602223722j:image

 

 

三等三角点「富岡八幡宮

 

三等三角点「富岡八幡宮 。

その伊能忠敬像の脇にある。

表示杭も保護石もないが、ここしか無いのではというガードである。

 


f:id:BullBull-Musao:20190602223749j:image

f:id:BullBull-Musao:20190602223742j:image




f:id:BullBull-Musao:20190602223900j:image

f:id:BullBull-Musao:20190602223855j:image

 

 

地形は

 

隅田川永代橋で渡り、それを進んで行くとここ富岡八幡宮になる。

 

f:id:BullBull-Musao:20190707233100j:image

 

富岡八幡宮の辺りは、江戸の初期はまだ浜であった。

まず、小名木川の開削で千葉方面からの物流ルートが確立された。

明暦3年の大火(1657年)以後、江戸の拡大にあわせ隅田川(大川)東側が本所・深川は発展していくこととなる。

縦横に掘が作られ、水運のインフラが整備せれていく。

 

f:id:BullBull-Musao:20190707233122j:image

江戸時代中期の海岸線

江東区のあゆみ ー江戸から平成ー」(江東区政策経営部広報広聴課)より

 

これは、東陽町にあった、ゴミ入れ。

このようなゴミ入れも、いずれ姿を消していくことになるのだろう。

f:id:BullBull-Musao:20190604225616j:image

 

 

このWebページで使用している地図は、国土地理院地理空間情報ライブラリーからの地理院地図を加工したものであ。なお、以下の承認も受けている。

この地図は国土地理院長の承認を得て、同院発行の地理院タイル(数値地図2500(土地条件))、地理院タイル(数値地図5000(土地利用))及び地理院タイル(土地利用図)を複製したものである。(承認番号 令元情複、第197号)

 

三等三角点「富岡八幡宮」  (江東区富岡1丁目23ー13 富岡八幡宮境内)

訪問日:2019年6月1日(土)