地形•街•歴史•三角点の時空探索

台地、川、暗渠、鉄道などの街、地形を感じながら

羽田空港辺りの今昔

自転車の譲り受けで神奈川に行きました。

輪行袋に入れて電車です。

でも、外はあまりも快晴!

多摩川を渡ったところで途中下車。

「そうだ、京都へ行こう!羽田空港の三角点に行こう!」

ということで、羽田へ行きました。

 

どこを走ったの

 

まずは、六郷土手駅で下車。

輪行袋から自転車を取り出してスタンバイ完了。

六郷土手駅は、多摩川の堤の直ぐ近くなんです!

 

どういう経路を走ったかは下の通りです。

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多摩川

 

多摩川の堤を走らせました。

コロナの中、河川敷には多くの人がに出てました。

堤にも、自転車を走らせる人や

ジョギングや散歩の人でそこそこの人出。

 

いや〜、気持ち良かったです。

風も心地よく、本当なら多摩川をずーっと走っていたい

 

まず、目に付いたのが、「六郷水門」。

これは、昭和6年(1931年)に作られたとのことです。

生活から出る汚水や雨水を排出するため、

作られたそうです。

水門の内側には、舟溜まりがあって、

水運にも使われていたのですね。

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さらに進むと大師橋が見えて来ました。

綺麗な斜張橋です。

私は、「多摩川のいい橋」と呼んでいます。

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さらに進むと堤の内側に舟溜まりが。

ボートの免許教室や試験場でした。

でも、私が気になったのは先の堤防です。 

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 ほら!

煉瓦の堤防!!

昔は、ここが多摩川の堤防だったのかななどと思いが馳せます。

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 ねっ!  いい感じですよね。

しかも、イギリス積み!

意外と古くに作られたものかも。

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だいぶ河口に近づいてきました。

江戸前に使う魚を採る漁師さんもいるのでしょうか? 

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二等三角点「羽田」 

 

 羽田空港との境、海老取川を渡って、いよいよ羽田空港です。

海老取川を渡って直ぐのところに鳥居があります。

ここは、サイクリストなどの休憩所にもなっている様です。

 

この鳥居は、今の羽田空港の敷地内にあった、

穴守稲荷の鳥居を再現?したものですよね。

そうです、穴守稲荷は昔は羽田にあったのですね。

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多摩川の方を見ると工事中です。

何か嫌な予感。

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トンネルを抜けて、

以前あった、二等三角点「羽田」のところに。

今はこんな感じです。

撤去された様です。

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基準点成果等閲覧サービスに出て無いので、廃点されている事は分かっていました。

でも、名残りくらいはあるかなと期待も半分あったのですが、、、

 

SURVER&TOKYOが基準点カードを作ってます。

そこに、二等三角点「羽田」も掲載されていますので、

そちらを見て、以前の姿を羽田空港に重ね想像してください。 

 

www.survey-tokyo.com

 

羽田空港は、コロナの影響で飛行機が沢山待機していました。

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遠く、東京湾アクアラインの海ほたるが見えました。

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白魚稲荷神社

 

穴守稲荷に行く途中、小さな神社がありました。

白魚稲荷神社という名前でした。

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穴守稲荷神社のHPに説明がありました。

anamori.jp

羽田の漁師さんが、初水揚げしたシラウオを奉納したのが由来の様ですね。

羽田七福稲荷の一つの様です。 

小さいながら、立派な鳥居と本殿ですよね。

昔の人の信仰心がうかがえますよね。

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穴守稲荷神社

 

 最後に向かったのは穴守稲荷神社です。

 

楽殿という建物の脇の木が陽の光を浴びてたくましいです。

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鳥居と拝殿です。

朱色が青空に映えていました。

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 拝殿です。

こちらも柱が朱色で美しい拝殿ですね。

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拝殿の横にある、奥の宮に向かう千本鳥居です。

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京都の伏見稲荷だけでなく、色々なとこにありますが、

千本鳥居は、ときめきます。

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築山も後方に見えます。。

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昔の穴守稲荷

 

現在の穴守稲荷神社の場所と昔の位置です。

経緯は、皆さんご存知のとおりです。

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ちなみに、ここのあたりの経緯は、穴守稲荷のHPに書いてあります。 

anamori.jp

 

 昔の様子が、同じ穴守稲荷のHPの中の「資料室別館」に詳しく載っています。

anamori.jp

 

さらに、このサイトの中に昔の様子が載ってます。

潮干狩りや海水浴の様子、それに競馬場もあったのですね。

海水浴場の脇にはプールもあった様です。 

釣り堀なども。

勿論、住んでいる人沢山いました。

photos.google.com

 

anamori.jp

 

http://anamori.jp/pics/oldana2_l.jpg

出典:穴守稲荷神社のHPより

 

国土地理院の1936年頃の航空写真に重ねるとこんな感じかな。

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拡大を続けた羽田空港

 

 皆さん、ここまでお読み頂きありがとうございました。

ここからは、面白くない話しになりますので、

どうぞ、ここら辺りで他の気になる記事に移ってください。

(と言っても、これまで面白い内容ではないでしょうけど)

 

 ということで、羽田空港の拡張の様子です。

 

1936年頃は、本の一部に飛行場があったくらいです。

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戦後、国際空港と整備されています。

と言っても、今と比べると小さいですね。 

2本の滑走路ハッキリ!

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1970年代も基本的には同じですが、

ジェット旅客機でかつ大型化したことから、滑走路が長くなっています。

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1984〜87年頃の航空写真です。

沖合に拡張工事が行われています。

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ちょうど、平成に入った頃の航空写真です。

北西から南東の滑走路が2本になってます。 

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そして現在の様子です。

最初あった滑走路は見る影もありません。

北東から南西に伸びる滑走路が2本。

北西から南東に伸びる滑走路が同じく2本。

 

戦後直ぐの羽田空港と比べると、広さも大きくなって、

滑走路も長くなっていることがよく分かります。

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最後に羽田辺りの「土地条件図」です。

国土地理院は、この様な地図を公表しています。

防災対策や土地利用・保全などの基礎資料を提供しているんです。

(勘違いしないで。私は国土地理院の者ではありません。)

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下の凡例から見ると、土地の成り立ちが分かります。

今の羽田空港辺りは、約2m程嵩上げした人口造成地ですね。

また、池上辺りから、ずーっと盛土・埋立地なんですね。

六郷水門が下水道が整備される前、池上辺りからの雨水、汚水の排出のために作られたというのも理解出来ますね。

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日本の翼は、航空は、「羽田」と「」に歩んで来たのですね。

だから、「」という漢字が生まれました。

 

 

ウソですよ!

 

 

 

ということで、もし、最後までお読み頂いた奇特な方、本当にありがとうございます。

いえ、「奇特な人」の意味は、優れている人ということなんですよ。

現在は、変な人の様に意味を理解している人が多い様ですが。

その意味では、現在の意味がここで使うには適切かも知れませんが!?

 

皆さん!

コロナに負けず、身体も心も元気にいきましょう!

 

訪問日:2020年5月17日(日)

  

このWebページで使用している地図は、国土地理院地理空間情報ライブラリーからの地理院地図を加工したものであ。なお、以下の承認も受けている。

この地図は国土地理院長の承認を得て、同院発行の地理院タイル(数値地図2500(土地条件))、地理院タイル(数値地図5000(土地利用))及び地理院タイル(土地利用図)を複製したものである。(承認番号 令元情複、第197号)