地形•街•歴史•三角点の時空探索

台地、川、暗渠、鉄道などの街、歴史、地形を感じながら

新宿御苑 その1

今回は新宿御苑です。

そろそろ紅葉も見頃かなと思っての訪問。

でも、ちょっと早かったみたいです。

 

新宿御苑は下のようになっています。

58.3haととても広い公園です。

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新宿御苑のHPより)

まずは、①の場所からドコモタワー方向を。

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②の上の池です。

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ススキも風に揺れていました。

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③の場所で着物姿のモデルさんを撮影している人もいました。

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 何本もの楓の木が緑、黄色、オレンジ、赤と彩っています。

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④の場所の言の葉の庭の舞台となった東家。

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園路には銀杏の落ち葉が。

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⑤の「風景式庭園」で。

とにかく広い。

沢山の人の憩いの場となってます。

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影が伸びた、あるあるの構図。

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もう、日没が一番早い時期になりましたね。

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新宿御苑の歴史

 

新宿御苑の場所は、江戸時代、高遠藩内藤家の下屋敷があったところ。

高遠藩内藤家は3万石の小さな大名家です。

でも、広大な敷地を将軍家から拝領したとのこと。

それでこの辺りが内藤町と呼ばれるようになったのです。

 

その後、甲州街道の宿場町として、今のバルト9の辺りから新宿御苑駅辺りまで新宿が設けられました。

1600年代の最後の頃。

その後、廃止と再開があったようですけど。

最初の宿場だった高井戸までが遠かったとの理由もあるようですが、

まあ、宿場町は別な顔もありましたから、、、、

とにかく、この辺りが内藤新宿と呼ばれるようになったのですね。

 

その後、時は流れ明治になって、農産物の内藤新宿試験場となりました。

農学校も開設されたようですね。

現在私たちが口にするイチゴなど、ここでの研究の成果であるそうです。

そして、全国の農産物の試験場に広がり、日本の農業技術の発展につながったようです。

ちなみに、東京大学農学部東京農工大学農学部の前身でもあるそうです。

 

さらにその後、皇室庭園となり、戦後、国民公園と変遷していったそうです。

そして現在、都会のオアシスとなっているのですね。

 

訪問日:2020年11月21日(土)