吉原遊廓や新宿の赤線などになぜ興味を持つのでしょうか?
もし、そう問われたとしたら答えに窮してしまいます。
決して、吉原遊廓の再現を望んでいるのではないです。
どのような街であったのか、そして江戸の時代に人々はどのように日々を過ごしていたのかを知りたいのです。
髙木まどかさんの『吉原遊廓 遊女と客の人間模様』では、まさしく題名のとおり、遊女と客に人間模様が描かれていました。
赤線や遊廓に興味を持つ方には、ぜひ読んで頂きたい一冊です。
次の文は書の中で私が心をうたれたところです。
長くなってしまいますが、なぜ遊廓や遊女について研究しなくてはいけないのか、その本質を著者は教えてくれています。まさにそのとおりだと思いました。
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遊廓をめぐっても、近年では、吉原という町の具体的な構造や、いかに女性たちが支配されていたか等について精緻な研究が蓄積されています。「文化の発信地」「楽園」では済まされない姿が詳らかにされている。それが、現在の遊廓研究の潮流です。
逆からみれば、いまにおいて遊廓の「光」の側面に注目することはかなり難しくなってきているように思います。そしてそれは研究の世界においてはもちろん、一般の方が目にすることの多い映画やドラマ、雑誌や漫画・小説などでもそうです。
(中略)
誤解を恐れずにいえば、私はそうした風潮を好ましく思う一方、非常に厄介だとも思っています。「うるさくいう人がいて面倒だから」と、遊廓や遊女を取り上げることをそもそも放棄させてしまいかねないからです。これまでも遊廓が「なかった」ことにされるケースはよくあり、とりわけ地域の歴史を紹介する展示や県史・市史などではそれが顕著でした。
(中略)
何よりも大切なのは、不遇ながらも命の焔を燃やしていた遊女たちが、そこに生きていたということです。彼女たちは「文化」を創るためでもなく、「人権侵害」の酷さを訴えるためでもなく、ただただそこで懸命に日々を過ごしていました。
理念を先に立てて、遊廓が善いとか悪いとか断じることは簡単です。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、遊廓を「なかった」ことにするのも容易でしょう。が、その前に色眼鏡をはずして、遊廓に生きた人々の一日一日を見る。そうしてそこから何かを掬い取っていくことが、今を生きる私たちにとって大切なことであり、かつて遊廓で生き、苦しんだ女性たちへの、最大限の敬意ではないかと思っています。
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どうでしょうか。
これは遊廓や遊女の研究だけでなく、戦国時代や江戸の町民や農民の暮らしに関心を持つことの意義を教えているように私は思いました。
髙木まどかさん、ありがとうございます。
