公侯伯子男の華族

華族について本を読んでみると私の知らなかったことがたくさんありました。

「公侯伯子男」の区分もいろんな経緯でできたのですね。

公家には、摂家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家などの家格があったようです。

堂上家という家格もあったようですね。

江戸時代の大名も家格があったようです。

江戸城に登城したときに控える部屋によって、細かく家格が定められていたとのこと。

でも、明治17年(1884年)の華族令の制定では、単純に公侯伯子男に振り分けたようです。

大名が石高によって、爵位が決められたって、合理的ではありますね。

叙爵基準

その結果、500家超の華族が誕生しました。

1884年の華族令制定時の爵位別家数

意外なのは、公爵が厳選されていること。

子爵・男爵と比べて、公爵・侯爵は少ないですよね。

選りすぐられた特権階級として位置づけられていたのですね。

これは、華族が存在した最後の年にも言えることです。

陞爵(爵位が上がること)されたり、新たに華族になった家もありましたが、公爵・侯爵は厳選されていたのは知りませんでした。

 

ドラマの世界だろうと思っていた華族。

なかなか、調べてみると興味がわいてきます。