日本の華族の華々しい生活は小説やドラマだけの世界だと思っていました。
何冊かの本を読んできて、実際にあったんだなとわかってきました。
表には、家政を担当する人がいて、
奥や裏には、女中さんや使用人の人が身の回りの世話をする。
そんな世界があったのですね。
興味深い資料があったので、ここでも皆さんに見て貰いたいです。
1915年(大正4年)末の家職・使用人の人数が調査されています。
すべての華族から回答はなかったですが、傾向はつかめそうです。

本にはもっと細かく書かれていましたが、私のほうでまとめてみました。
公爵家には20~30人くらいの家職・使用人がいたようです。
公爵家は中央値が51~100人になりました。
100人以上も3家ありました。
すごい人数ですね。
表を預かり、収入などの家の家政を執り仕切る人だけではなく、
自動車の運転手、料理人、植栽の管理をする人、など多くの使用人がいた家があったようです。
ちなみに、1家の奥様、若殿様、お姫様などを含めた人数は、6~7人が平均だったようです。
ですから、一人ひとりに女中さんが付いたというのも小説だけの世界ではなかったようですね。
年でも、華族にも厳しい生活を強いられる家もたくさんあったようです。
華族や士族に年金のように支給されていた家禄が公債にかえられ、その華族の公債を出資としてつくられた十五銀行がありました。
華族銀行と呼ばれたそうです。
その十五銀行が昭和になって経営難から休止すると、配当を受けていた華族も厳しい状況になったとのこと。
大正12年(1923年)の関東大震災も大きな損害を受けたようです。
この表の大正4年から先にはさらに厳しい生活を強いられる華族も多くあり、
爵位を返上する家もあったようです。
まあ、いろいろ調べると、興味はつきません。
