三陸海岸を行く その3

三陸海岸を行く その3

今回は、碁石海岸から奇跡の一本松です。

 

場所は下の地図を参照ください。

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 碁石海岸から「奇跡の一本松」までの詳細地図は下の通りです。

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前回の自然の造形美の碁石岬から車を走らせるとすぐに堤防が目に入って来ました。

地図の①のところです。

ほんの小さな漁港?にも立派な堤防が築かれていました。

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さらに車を走らせているとまたです。

地図の②のところです。

 階段を上ると同じく小さな漁港。

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ここは、堤防を車で超えて行けるようになってました。
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さらにさらに車を走らせるとまたまた堤防の壁が。

場所は地図の③の位置です。  

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ここは、鉄筋コンクリートの門を車で入って行けるようになってました。
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中に入ると工場のような建物がありました。

堤防の高さがわかってもらえますよね。
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門は人力では動かせないと思えるほどの扉がついてます。
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この堤防の中の様子です。

いくつもの建物がありました。
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さらに車を走らせるとまた堤防が。

地図の④のあたりです。 

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堤防は、壁に変わって行きました。
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どこまで続くのと思える壁です。
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途中には工事中の場所が。
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そして、 『奇跡の一本松』

地図上ではここの付近なんだけど。

通りかかった地元の人に教えてもらうと、道の駅の先にありました。 

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海岸の旅は以上です。

 

おまけとして、大船渡線BRTの陸前矢作駅です。

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もともとJR大船渡線は、「一ノ関駅」から気仙沼陸前高田を経由して大船渡を結ぶ鉄道路線でした(終点は「盛駅」)

3.11により線路や駅舎などが被災し、不通となってしました。

一ノ関〜気仙沼は早く復旧しました。

でも、海岸線を走っていた気仙沼駅盛駅間の復旧は大きな問題でした。

復興費用の問題などからBRTでの復旧となったのです。

 

下図は、大船渡線BRTの路線図です。

上鹿折」と「陸前矢作」、「竹駒」だけが変な運行になっていますね。

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JR東日本のHPより)

 

気仙沼陸前高田区間は山間部を抜けていました。

気仙沼鹿折唐桑上鹿折陸前矢作ー竹駒ー陸前高田

という路線だったのです。

 

山間部の陸前矢作駅は、使われなくなった線路が数年前までは残っていたようです。

私もそれを期待して行ったのですが、現在は下の写真の通りです。

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線路が取り払われています。

 

残念。そして廃線跡を見たいという思いがふつふつと、、、

線路跡を辿って写真におさめたいと。

 

車を走らせました。

でも、どこも撤去されていました。

道路を跨ぐ鉄橋も橋脚だけ。

 

すべて撤去したのかなと思いながら車を走らせました。

BRTの上鹿折駅を過ぎて、鹿折唐桑の方に向かっていると、何やら工事中。

ゆっくり進むと、まだありました!
たぶん鉄橋の撤去工事(別にシャレではありません)。

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車を駐めて、写真におさめました。

撤去鉄橋の脇には線路も残っていると思って行って見ました。

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あー、線路はすでに鉄橋撤去済みでした。



 ということで、「三陸海岸を行く」、全3回はこれでおしまいです。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

 

地震、台風、火山などの自然の脅威に私たちはどのように対応していけばいいのでしょうか?

きっと、正解などないのでしょう。

 

7月初めの熊本水害のとき、知事がダム整備の反対派であったことやダムが出来ていたら被害は少しでも減らせたのでは、などと昼間のテレビでやってました。

確かに、ダムや川に堤防を作れば減災になるでしょう。

 

東京では、水害を減らすため、環状線の地下や河川の脇に調節池を作っています。

有名な地下神殿も昨年の9月には機能したのでしょう。

多摩川で被害がありましたが、神田川善福寺川石神井川などは耐えてくれました。

また、先人が作ってくれた荒川(放水路)が無かったら、大きな被害が出ていたかも知れません。

そのような意味で、堤防の嵩上げ、川底の浚渫、調節池の設置など、色々と減災対策は有用です。

 

 

 

でも、洪水対策=ダム、洪水対策=堤防、ということでいいのでしょうか。

 

昔から、日本人は自然の脅威と共存してきていました。

洪水対策では、堤防の一部をあえて作らず、遊水池にいったん逃すなどです。

家は高台に作ったり、輪中もありますよね。

 

 

今回、三陸海岸の旅で、自然の美しさと魚や野菜などの美味しい料理に心が満たされました。

 

自動車専用道路も出来ていました。これはいいですね。何かの災害の時の物資の運送経路が確保されたように思いました。

でも、目についたのは堤防でした。

 

私は、自然の脅威に対して抗い切れないことも多いと思います。

東北地方太平洋沖地震によって大きな津波が襲い、東日本大震災として、震災は今も続いています。

現在でも、たくさんの人に苦難を強いています。

 

私は、三陸に生きる方々の気持ちを知りません。 

そんな私が言うのはどうかと思いますが、津波対策なら、4軒に一つシェルターを用意するなどもあるのではと思いました。

シェルターには水や非常食を入れておく。

身体が不自由な人も家の隣りのシェルターに入れば、水の上で浮いて自衛隊海上保安庁の救助を待つとか。

そのシェルターを利用する人は持病の薬なども入れて置く。

月に1回、訓練と備品の確認をするとか。

技術的な問題があるかも知れませんがそういうのも検討してもいいのではないでしょうか。

 

自然の美しさは、地球が生きている結果の造形美かも知れません。

温泉も地球の恵みです。

でも、自然の脅威もあります。

私たち人間は、どこまで自然の脅威に対峙したらいいのでしょう。

あるところからは受け入れることもしかたないのではないでしょうか。

 

三陸海岸は、自然との共存を考えさせてくれました。

 

 訪問日:2020年10月8日(木)