1988年3月の鉄道の時刻表の復刻版を購入したことを前回書きました。
見てて、本当に飽きません。
気づくと何時間も見ていました。
そうしたら、1982年の時刻表も見てみたくなりました。
1982年は、私にとって記憶深い年なのです。
東京に出て一人暮らしをはじめた年です。
テント芝居を観たい!
テニスやスキー!!
そんな学生生活を謳歌したい!!!
そう思って東京の出てきました。
それが1982年なのです。
どこかに無いかな?とネットサーフィン(死語か!?)しました。
ありました!
ポケット時刻表ですけど。
でも、十分楽しめます!
新幹線は、東京から博多間のみ。
数年後には大宮駅から走りはじめましたけど。
見て下さい!
この夜行電車の数!!
特急「ゆうづる」だけでも7本!
夜行列車が多かったですよね。
急行の夜行列車もありますよ。
その夜行列車も現在では、完全消滅間際って感じになってます。
1982年当時は、夜行列車が交通機関として重要な存在だったのでしょう。
ノスタルジーで復活して欲しいと願っても、運営が赤字ではその負担を誰がするの?ってなってしまいます。
路線も大きく減ってしまいました。
1982年の九州はこんな感じです。
それが現在では、こうなってます。
(JR九州のHPより)
北海道は、こうです。
それが現在ではこうです。
(JR北海道のHPより)
今では、時刻表を使って昔の記憶を呼び戻すしかありません。
首都圏では、最終電車の繰り上げが予定されています。
それは、保線のための時間の確保などの安全性の面からのようです。
でも、時間によって利用者が少なくて赤字だから運転しないとすると、赤字路線の廃線と同じではないかと思ったりします。
例えば、小さな集落への電気の供給のための電線が赤字だからって無くなってしまったらどうでしょう?
路線や時間で電車を走らせなくするのは、単に赤字だからってだけでは無く、インフラとしての必要の有無など、社会的な観点から検討することが必要なのだと思います。
てなことを思ったりしました。
時代が移り、社会も変わります。
マストラだけでなく、時代にあったモノ・コト、制度や体制とかを考えていかなければいけないのでしょうね。
今日も最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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2021年2月1日(月)